英会話教育普及協会(JEEPA)代表 小池真由美です

英会話教育普及協会(JEEPA) 代表 小池真由美です

帰国子女でもなければ、海外留学経験もなく、学生時代英語が得意だったわけでもないわたしが、なぜ英会話教育に関わり始め、協会を設立するに至ったのか? そこには様々な方とのご縁がありました。

私は大阪万博が開催された1970年、母の郷である鹿児島県、種子島で生まれ、兵庫県西宮市で育ちました。(現在は神戸市在住です。)神戸出身の父は当時大阪府警に勤めており、大阪万博に英語で対応する警察官としての集中英語トレーニングを受けたと聞きました。それはそれは苦しい缶詰教育だったようですがその影響で幼い私と風呂に入れば、体を洗うのに、"Stand up!" "Sit down" などと話しかけていたとのことです。当然私は覚えているわけもなく、その後なんの英語教育も特別に受けませんでしたが、もしかすると、このことが英語に関わる原点になっているのかもしれません。

中学時代、高校時代と特に英語の成績が良いわけではなかった私が、今の仕事に至るきっかけは3人の先生に出会ったことからです。

1人目は中学校時代に「あなたは声を大事にしなさい」と言ってくれた美術の先生です。行事を全てビデオ撮影し年度末に鑑賞する会を催していた先生は、そう言って私を3年続けてナレーターに指名してくれました。当時ビデオの編集に合わせて声を録音していくのはなかなか経験できない興味深い時間であり、滑舌よく人前で話すことの基本を体験できたのも貴重でした。

2人目は高校時代の憧れのかっこいい英語の先生です。先生と話したくて英語の教科書を一生懸命読み、質問を作っては職員室に通いました。動機は不純でもかけた時間は嘘をつかず成績はうなぎ登りとなり、英語科へ進むことになりました。受験の頃には英語が得意になったきっかけがなんだったのかはすっかり忘れ英語そのものに興味が移っていたのも面白いものですね。

3人目は進学先の通訳者の先生でした。この先生のおかげで"Awakening"という洋書を一冊通して読むことができ、涙するほど感動しました。なぜそんなに英語を話せるのかを先生に尋ね、「通訳学校に通ったのよ」と教えてもらったことから、勤めながら通訳学校に通うことを決めたのが、英語を仕事に使うことになる最初のきっかけですね。この学校では発音を叩き込まれたおかげで、当初ネイティブに全く通じなかった英語が1年後には理解してもらえるようになりました。通じ合うためには文法力や語彙力以上に発音の強化がいかに大切かを実感しました。これが今も私が発音教育に注力している理由です。

この先生たちの影響で、ゆくゆく通訳者になり、英語を使い仕事をし続けることになるのですが、英文解釈やスピーキングはある程度伸びてもリスニングには限界を感じることがしばしばありました。このときに役立ったのが通訳学校で出会った「シャドーイング」です。イヤホンから聞こえてくるネイティブの声をひたすら追いかけて口に出す。このことで今まで聞こえなかった細かい部分が聞こえ、リスニングだけによる内容理解も格段に高まりました。これは通訳者だけでなく、一般の英語学習者も使うべき手法だと確信し、JEEPA、英語特訓塾では発音とともに積極的に活用するトレーニングとなりました。

2006年、英語特訓塾を設立に至ったのは、折しも産官学(企業、政府、大学)で英語を使った仕事に携わる中で、同僚や先輩後輩から英語に関する悩みを聞き、学習方法を尋ねられるうち、もっと効率が良く、個人に寄り添う方法があるはずだ、と確信したためです。3ヶ月で英語が話せるようになる集中講座「小池塾」(現MBS- Million Bilingual School)では2,200名を超える塾生の英会話力を高めてきました。

2019年には英会話教育普及協会(JEEPA)を設立し、現在は約70名のJEEPA認定 フリーランス英会話コーチ達とともに『英会話を通して世界を舞台に活躍する日本人を輩出する』ことを目的に、この輪を広げています。様々な人生経験を持つコーチたちの中に、いまこの文をお読みのあなたに寄り添える者が必ずいるはずです。プロフィールや写真の雰囲気、ブログから感じてみてください。そして、連絡をとってください。私が3人の先生方から影響を受け、世界を広げてきたように、英語を通してあなたの世界が大きく広がっていくきっかけになることは間違いありません。憧れていること、夢に思っていることをともに現実にしていきましょう!